デス・オーバチュア
第298話「烈渦の熱閃(サイクロンフレア)」




「刃(は)っ!」
アルブム・アルゲントゥムは一足でアッシュとの間合いを詰めると、両手で同時にフック(肘を曲げて脇から打つパンチ)を放った。
それだけで、両手首に付けられた刃(ブレード)によって、アッシュは『鋏み切られる』ことになる。
「ふふん」
アッシュは鋏み切られる寸前、空へと跳び上がり宙返りした。
「そうくることは解っていた」
一回転したアッシュの左手にアナコンダ(銀色の回転式拳銃)が握られ、右掌には六発の弾薬が乗っている。
弾薬は銀色の薬莢に薔薇の描かれた装飾品のように美しい物だった。
「ここからはただの遊びでなく本物の『火遊び』だ」
アッシュは灼熱色に光り輝く右手で弾薬を握り締める。
「拳銃自体が火遊びだというツッコミは無しだぞ」
掌を開いたかと思うと、目にも止まらぬ動きで拳銃に弾薬が装填された。
「なっ……」
「ふふん、驚くところが違うぞ」
別にスピードローダーいらずの早装填などで驚かすつもりはない。
驚かすのはこれからだ。
「烈華弾(れっかだん)!」
拳銃から発射された弾頭(弾丸)が、瞬時に巨大な火球(薔薇の華)と化す。
「くっ!」
アルブム・アルゲントゥムは後方へと跳び離れた。
直後、巨大な薔薇の華は地に着弾し派手に散華する。
散華……つまり、烈華の花片(火炎)の爆散(放射)による地上の灼き払いだ。
「弾丸はまだ五発あるぞ!」
アッシュはアルブム・アルゲントゥムが着地するより早く次弾を発射する。
「つっ」
大地に降り立ったアルブム・アルゲントゥムの頭上には、五つの巨大な烈華(烈火の薔薇)が押し迫っていた。
烈華の速度自体は問題ない。
普通の弾丸の時と変わらぬ速度なのだから、充分見切れるレベルだ。
だが、直撃をかわしても、着弾(散華)の時に拡散する烈火からは逃れられない。
一発の時と違い、連射によって五発が限りなく同一地点で散華した場合の破壊力……烈火の拡散(攻撃)範囲は想像を絶した。
「逃れられぬのならば……切り開くまでですっ! はああああああああああぁぁっ!」
アルブム・アルゲントゥムの両の刃が激しく美しい白煌(はっこう)を宿す。
「破滅の白刃(ペルドブレード)!」
振り切られた左右の刃から、超巨大な白煌の光刃が解き放たれ、五つの巨大烈華を『斬殺』した。




上空で破壊された五つの巨大烈華は、烈火の雨となって大地に降り注ぐ。
「なるほど、大した威力だ。だが、迎撃に使うべきではなかったな」
アッシュはすでに地上に降り立っており、弾丸の排莢と再装填をゆっくりと行っていた。
「何故ですか?」
「今の技が不意打ちで初見だったら当たりもしただろうが……警戒している今となっては……絶対に当たりはしない!」
装填を終えた拳銃の銃口がアルブム・アルゲントゥムへと向けられる。
「……その心配は無用です」
「んっ?」
声は背後からした。
瞬きの間に、銃口の先からアルブム・アルゲントゥムの姿が消えている。
「最初からあなたは直接斬るつもりですからっ!」
アルブム・アルゲントゥムは背後からアッシュの首を鋏み切ろうとした。
「ふっ!」
アッシュは前に倒れ込むようにして二枚の刃をかわすと、そのまま両足を後方に伸ばしアルブム・アルゲントゥムの両足へ蹴りを放つ。
アルブム・アルゲントゥムはふわりと垂直に跳び上がり、アッシュの両足蹴りを回避した。
「っ……烈華弾!」
回転し、背中から地面に落ちながら、アッシュは拳銃を発砲する。
撃ちだされた弾丸は巨大な烈華と成り、跳び上がったままのアルブム・アルゲントゥムに迫った。
「はぁっ!」
アルブム・アルゲントゥムは右手の刃を振り上げ、巨大烈華を切り裂く。
巨大烈華は爆散し、烈火が壁のように広がり二人の間を分け隔てた。
「……新たな熱源反応!」
烈火の壁を貫いて、四つの巨大烈華が飛び出してくる。
「刃ああ! 刃あああっ!」
アルブム・アルゲントゥムは白煌の光刃を左右で二発ずつ計四発飛ばし、冷静に四つの巨大烈華を迎撃した。
巨大烈華達の爆散の衝撃波が、アルブム・アルゲントゥムの身体を空へと押し上げる。
「…………」
アルブム・アルゲントゥムはさらなる攻撃を警戒しつつ、思考を巡らせていた。
ここまでの戦闘で確信したことが二つある。
アッシュは飛び道具しか持っていない。そして、本気を出していない。
いや、より正確に言うなら、飛び道具しか使う気がないと、本気を出す気がない……だ。
戦闘(遊び)を愉しむために、自分が不利になる制約を設ける。
勝つことではなく、愉しむことが目的だからこその自分ルールだ。
「何処までも巫山戯……これはぁっ!?」
何かを感じ取ったアルブム・アルゲントゥムが両手を胸の前で交差させる。
次の瞬間、猛烈な勢いで『熱閃』がアルブム・アルゲントゥムに激突した。




「ふふん、防御したか。いい勘……いや、いい探知装置(センサー)をしている」
大地に仰向けになってるアッシュの左手にはアナコンダの姿はなく、代わりに全長550mmもある黒き銃が両手に握られていた。
「まったく、回りくどい戦い方だ」
「なんだ、まだ居たのか、ベリアル?」
赤い神父はいつの間にかアッシュの元に歩み寄り、彼女を冷たく見下ろしている。
「本来、君の炎(力)にそんな銃器(媒介)は必要あるまい」
ベリアルはさっさと立てとばかりに、手を差し出した。
アッシュは素直にベリアルの手を借りて、立ち上がる。
「ふふん、貴様達三人と戦闘スタイルが被らないように気を遣ってやっているのだぞ」
アスモデウス曰く『真の赤(炎)を纏える者は悪魔界広しと言えどたった四人だけ……』。
その四人の内の残り、悪魔王母娘を除く二人が他でもないベリアルとアッシュである。
「嘘はやめたまえ。ただ単に君が銃器にかぶれているだけだろう? 氷獄の女王と同じく……」
「一緒くたにはされたくないな、私とセルリアンでは『趣味』が違う」
「同じ銃マニアだろう?」
「だから、その銃の趣味が、銃への拘りが違うと……」
こういった主張はなかなか理解されないものだ。
特に、銃などにまったく興味がないベリアルには、銃マニアの中の種類(違い)など解るはずがない。
『相変わらずね、西の王』
アッシュの耳に姿無き声が届いた。
「ふふん、やはりさっきチラリと見えたのは貴様か、光の混沌(ライトカオス)」
「ファースト……いや、それとも私から解放された今は真の名で呼ぶべきか?」
ベリアルの言葉には明らかな皮肉が含まれている。
『今まで通りファーストか、光の混沌とでも呼んで……真名と役職は禁止……口にしたら『許しません』よ、炎の半身」
「貴様っ!」
普段、余裕ありげな態度を崩さないベリアルが、ファーストのたった『一言』で殺気だった。
支配者だった自分に対等以上の口を聞いたことよりも、その呼び名を口にしたことが許せない。
『役職よりはそちらの方が問題ないと判断したのだけど……逆だったかしら?』
「ふふん、まあお互い役職というか肩書きが一番正体をバラしてしまうからな、堕天……」
『それ以上言うならこちらも言わせてもらうわよ、大……』
「……くだらん」
ベリアルは、二人の牽制のしあい(じゃれ合い)をその一言で吐き捨てた。
『他人事? 副……』
「それはもういい! だいたい貴様、いつの間に『完全体』になった?」
『あなたのお陰よ。あなたが悪魔界を封絶(封印断絶)してくれたから、氷地獄(コキュートス)の番人がこちらに釘付けになった。その間にこっそりと……ねっ』
「ふふん、なるほど。堕天使と機械だけは『断たれた世界』をも飛び越えられるか……」
世界は断絶され、悪魔の行き来は不可能。
それは裏を返せば、悪魔以外は行き来可能という屁理屈を成立させた。
ファーストは、正確には自分は悪魔ではなく堕天使だ……という屁理屈を『世界の法則』に押し通したのである。
無論、そんな屁理屈が誰でも通るわけがない。
ファースト以外の雑魚堕天使だったら、世界の拒絶力で消滅するか、世界の狭間を永遠に彷徨ことになっただろう。
「機械だと? まさかアレも……」
「ふふん、休憩時間(インターバル)は終わりのようだ」
突然、ベリアルとアッシュの間を断ち切きるように、空から『白銀の刃(アルブム・アルゲントゥム)』が降り立った。




「ブ……熱線銃(ブラスター)か何かですか……その黒銃は……?」
アルブム・アルゲントゥムは、人間で言うところの軽い火傷を全身に負っていた。
「ふふん、この世界のこの時代ではそんな未来銃は西方にしかありはしない。コレは真逆のレトロ銃(シングルアクション式リボルバー)……小銃弾を無理矢理ぶっ放す狩猟用拳銃だ」
アッシュは右手で黒銃を構えたまま、左手で一発の『深紅の小銃弾(クリムゾンシェル)』を見せびらかす。
「私はただこうして……」
深紅の小銃弾を摘む左手が灼熱色に輝いた。
「小銃弾に熱気を込めて……」
灼熱の輝きが深紅の小銃弾へと吸い込まれていく。
「撃ちだしただけだぁっっ!」
爆音の響きと共に、黒銃から『旋状に回転する膨大で猛烈な熱閃』が発射された。
「くうぅっ!」
アルブム・アルゲントゥムは発射の直前にはすでに真横へと跳び離れている。
にもかかわらず、完全にはかわしきれず、掠めた熱閃が彼女の左肩の布を蒸発させた。
「やっていることは烈華弾の時と何も変わりはしない」
「……効果は段違いですけどね……痛ぅ……」
アルブム・アルゲントゥムは右手で左肩をおさえる。
「ふふん、この銃は性質上、連射も再装填も難しい……つけ込む隙はいくらでもあるぞ? ちなみに残弾は三発だ」
「……そういうところが……」
「ん?」
「巫山戯ていると言うのですっ!」
両手首に横から差し込む形で装着されていた太刀刃が、縦に……手の延長のような形に装着されなおす。
「延長白刃(ポッレクティオーブレード)!」
「ほう、『間合い』を伸ばすか……ついでに『制限装置(リミッター)』も外したらどうだ?」
「お望みとあらばっ!」
アルブム・アルゲントゥムとアッシュの間合い(距離)が一歩(一瞬)で詰められた。
「くっ!」
右手の刃が振り下ろされるのと、アッシュが跳び離れるのはほぼ同時。
「そう……それでいい。もっとギアを上げられるはずだ!」
アッシュのヘルメットのバイザー部分に亀裂が走った。
先程の一撃を完全には避けきれなかったのである。
「突ううっ!」
アルブム・アルゲントゥムは再び間合いを詰めると、刃拳(はけん)を突き出した。
「まだ遅い!」
刃拳はアッシュの左手によって容易く『捌かれ』る。
「勢いいっ! 刃ああっ! 斬あああぁっ!」
休むことなく繰り出される刺突と斬撃。
その全てを、アッシュは後退しながら両手で捌き続けていた。
「そんな小手先の速さではなく、『出力』自体を上げてみせろっ!」
「うっ!」
アッシュは黒銃の先をアルブム・アルゲントゥムの腹部に押し当てると、そのまま引き金を引いた。
「っっつわぁっ!?」
零距離での熱閃放射。
腹部接触から引き金が引かれるまでの一秒以下のタイムラグの間に、アルブム・アルゲントゥムにできたことは、僅かに動いて、腹部を貫かれることから腹部を掠められることに変えることだけだった。
「あと二発」
「痛ぅぅ……」
ドレスが溶け露わになった脇腹が無惨に焼け焦げている。
「なるほど、武装が『外付』けなことからまさかと思ったが……貴様、戦闘用では無いな?」
「…………」
「その『柔肌』が何よりの証、兵器としての防御力よりも、人間に近づけることを優先している……つまり、貴様の創られた目的は……」
「黙りなさいっ!」
アルブム・アルゲントゥムの突きだした右刃拳から、白煌の光刃が解き放たれた。
「飛ぶ『突き』か……悪くはないっ!」
アッシュは黒銃を発砲する。
旋状熱閃と白煌の光刃が激突し生じた爆発が、二人を逆方向に吹き飛ばした。
「ラスト一発」
視界が回復するのを待つ必要はない。
アッシュには、爆発の向こうのアルブム・アルゲントゥムの位置が、彼女の放つ膨大なエネルギーによって正確に把握できた。
「烈渦(れっか)……」
黒銃を握るアッシュの両手が灼熱色に光り輝く。
小銃弾への熱気の追加注入による火力(威力)増強……差し詰め『貯め撃ち』のようなことがアッシュにはできた。
「熱閃砲(ねっせんほう)! サイクロンフレアァァァァッ!!」
今までの倍以上の回転と勢いで黒銃から熱閃が撃ち出される。
「リミッター解除、出力全開!」
新たな『風圧』によって爆発が消し飛び、全身から白煌の光を溢れさすアルブム・アルゲントゥムが姿を見せた。
「全エネルギーを『交叉刃(クルクスブレード)』へ……」
アルブム・アルゲントゥムは頭上で交差させた刃に、全ての白煌の光を集束させる。
「魔断罰交刃(まだんばっこうじん)!!!!」
両手の振り下ろしと共に罰点(バツの字)の巨大な白煌光刃が解き放たれ、超烈の旋状熱閃に正面から斬り込んだ。














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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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